「誰かの行きたいを叶えたい」看護師・成松美智代さんが描く“虹”の支援
ふとしたご縁から、佐伯市の外出支援サービス「お出かけナース虹」のWebサイト制作を担当させていただきました。
制作の過程で、代表・成松美智代さんとたくさんの会話を重ねます。
その中で、事業の背景や想いをもっと深く知りたいと感じたのです。
そしてありがたいことに、このたび成松さんにインタビューをさせていただくことに。
この記事では、成松さんの歩んできた人生と、優しい挑戦の物語をお届けします。

子育てに全力を注いだ、嵐のような15年間
まずは成松さんのご経歴についてお話伺いたいです。

成松さんは、ご結婚からの経歴について話してくれました。
22歳で結婚し、23歳で長男を出産。
25歳には双子(男の子と女の子)、さらに28歳で末の娘を出産――
わずか数年で4人の母となり、通っていた看護学校を中断することに。
家事と子育てに追われる毎日は、まさに嵐のようでした。
夫が教育関係の仕事で、土日も家を空けることが多かったんです。
自分の時間なんて、まったくありませんでしたね。
子どもが小さい頃は、双子を前後におんぶして、長男は手を引いてって感じで⋯車も持ってなかったので、団地の公園で遊ぶ以外は、おもちゃを出して、子ども番組を流しっぱなしでした。
PTA行事、スポ少、部活のこと、全ての送迎も私がやるしかなかったのでとにかく忙しかったです。

約15年の子育ては、本当に壮絶な日々だったそうです。
それでも成松さんは、当時を笑顔で振り返ります。
「悔しい」を力に変えて──再び看護の道へ
悔しさが灯した“再挑戦”の決意
専業主婦を続けていたある日、人生を揺るがす出来事が起こります。
夫の浮気、そして別居。
女手ひとつでの子育てが始まりました。
さらに義両親から放送大学のパンフレットを渡され、入学するよう促されたのです。
『私の知識が無いから浮気された』と言われたように感じました⋯⋯それが本当に悔しくて。
“何くそ”という気持ちで、もう一度勉強しようと思いました。

子育てと学びを両立し、看護師へ
37歳で再び受験勉強を始め、看護学校に入学。
パート勤務と育児を両立しながら、3年間猛勉強を続けました。
そして39歳で卒業。
成績も良かったことから、学校からは優秀賞をいただきます。
そこから正看護師として再スタートを切りました。
父の死が導いた“寄り添う看護”
卒業後、大きな病院に勤務しましたが、同時期にお父様が病に倒れ、看取る時間を十分に取れなかった後悔が残りました。
父が亡くなったとき、もっとそばにいられたら良かったと後悔して⋯⋯
だから、今度は誰かの“そばにいられる”働き方をしたいと思ったんです。

この経験をきっかけに、訪問看護の仕事へ転身。
さらなるキャリアを築きます。
家族を想いながら、学び続ける
ある日、卒業した看護学校から職員が不足しているからと、教員としてのお誘いを受けます。
子どもが結婚するタイミングだったので、“ひとり親”というのをハンデにしたくなくて。
『看護師』だけよりも『学校の先生』なら、相手のご家族も安心するかなと思ったんです。
こんな話は子どもにはしてないんですけどね(笑)

どんなに大変な状況でも、自分のこと以上にご家族のことを気に掛ける、成松さんの優しさを感じました。
それから約5年間、教員としてもキャリアを積みます。
お母様の介護の関係で、佐伯市に戻ってからは包括支援センターで働きながらケアマネージャーの資格を取得。
そしてなんと猛勉強の末、今年の1月には社会福祉士の資格も取得しました。
成松さんは「学びと挑戦を止めない人生」を歩み続けています。

「行きたい」を叶える看護
お出かけナース虹のはじまり
想像以上に波乱万丈な人生を歩まれてますね。
お次は、成松さんがご自分の事業をスタートしようと思ったきっかけをお話いただけますか。

訪問看護の現場で出会った、一人の利用者さんがいました。
筋萎縮症を抱え、言葉では伝えられないものの、「行きたい」という強い想いを目で伝えてくれた方でした。
行き先は、別府のライブレストラン「ヒットパレード」。
会社からは安全上の理由で同行は許可されませんでしたが、「それでもこの方を連れて行ってあげたい」と強く思った成松さん。
プライベートの時間を使い、理学療法士、ご家族、会場スタッフと連携。
“最強のチーム”を組み、ついに外出を実現しました。
その日、彼は一度も吸引を必要としなかったんです。本当に楽しそうにしてくださって…
あの笑顔を見た瞬間、“これがやりたい”と確信しました。

病気や障がいがあっても、安心して外出できる社会をつくりたい。
“行きたい”をあきらめない人を、一人でも増やしたい。
その想いが、すべてのはじまりでした。
雨のあとに、虹は出る。
サービス名に込めた想い
『お出かけナース虹』のサービス名に、『虹』の文字を入れた理由を教えていただけますか。

雨が降らないと虹は出ません。
私のこれまでの辛い経験も、今の希望につながっています。
そんな想いからどうしても『虹』をいれたくて。

現在は、精神科訪問看護の仕事と「お出かけナース虹」の両立。
呼び出しの少ない勤務スタイルを選び、自分の事業に向き合う時間を確保しています。
最終的には、一人ではなくチームで動く体制を作りたいと考えています。そしてこの大分で、出かけられる人が増える社会のモデルを作れたらと思っています。

それは“競争ではなく共創”。
成松さんの言葉は、地域の未来を見据える優しさを感じさせてくれます。
ご利用者さまへ、そしてご家族へ
これからのご利用者さまへ、メッセージをお願いします。

出かけたいけど、不安で一歩が出ない──
そんな方に、そっと寄り添いたいと成松さんは話します。
「段差があったらどうしよう」
「喉を詰まらせたら」
「排泄は…」
そんな不安を一緒に分け合いながら、「お願いしたら行けるかも」と思ってもらえたら嬉しいです!

看護師・ケアマネジャー・社会福祉士としての知見を活かし、医療だけでなく、制度や生活のことまでサポートできるのも「お出かけナース虹」の強みです。
どこに相談していいかわからない──そんな相談からでも大丈夫です。
一緒に行きたいところに行って、一緒に笑えたらいいなと思っています。
そういう時間を過ごしませんか?
ライターあとがき

人生の雨を越えたからこそ見える“虹”がある。
成松さんの歩みから、寄り添う優しさをお話いただきました。
“お出かけ”という小さな行動が、誰かの生きる力を照らしていく。
そんな光を、佐伯市の空の下で、今日も成松さんは描き続けています。
